2012年4月2日月曜日

徒然なるままに 糖と炭水化物を科学する


糖と炭水化物

砂糖は糖類に含まれます。糖(栄養学的には糖質)とは単糖および単糖を構成成分とする有機化合物の総称で,糖=炭水化物(厳密には糖<炭水化物)と考えて差支えありません。炭水化物は炭素と水素,酸素から構成される物質です。

ほとんどの炭水化物中の水素と酸素の割合は2:1と水(H2O)と同じなので,炭素と水が結合したようにも見えます。このため炭水化物と呼ばれています。炭水化物は脂肪と同様に動物のエネルギー源となりますが,実際に体内でエネルギー源として使用されているものはブドウ糖です。

炭水化物のほとんどを占める糖は分子の大きさにより単糖,小糖,多糖に区分されます。
(1) 単糖:分子構造的にそれ以上分解されない最小単位の糖
(2) 小糖:単糖が2-20個程度結合したもの
(3) 多糖:単糖がそれ以上結合したもの

単糖の代表的なものにはブドウ糖(グルコース),果糖(フルクトース)があります。いずれも分子式はC6H12O6ですが原子の結合状態が異なります。炭素が6個含まれていることから六炭糖と呼ばれています。ブドウ糖は人間をはじめ動物や植物の活動のエネルギーになる物質の一つです。特に脳にとっては唯一のエネルギー源となっています。

果糖は果物に多く含まれることからこのように命名されています。糖の中ではもっとも甘味が強いものですが,温度により甘みが変化する(温度が低くなると甘みが強くなる)性質をもっています。果物を冷やすことにより甘みが活性化されるのはこの性質によるものです。

小糖はオリゴ(ギリシア 語で小さいを意味する)糖ともいわれています。このグループにはショ糖(砂糖),麦芽糖,乳糖などが含まれます。いずれも単糖が2個結合したものなので二糖類と呼ばれています。私たちがふだん砂糖といっているのはショ糖のことで,ブドウ糖と果糖が1個づつ結合したものです。

分子式でみると「ショ糖=ブドウ糖+果糖−水」ということになります。逆にショ糖に水を加えると「ショ糖+水=ブドウ糖+果糖」という反応が可能になります。これを加水分解といい,このような反応を生物の体内で行う機能をもっているのが「酵素」です。私たちが砂糖を摂取すると消化器官でブドウ糖と果糖に分解され吸収されます。

麦芽糖はブドウ糖が2つ結合したもので水あめの主成分です。オオムギを発芽さ� �湯を加えることによって,大麦中の酵素が働いてデンプンが糖化されます。麦芽糖はこの麦芽(モルト,ビールの原料にもなります)に多く含まれることからこの名前がつきました。私たちがごはんを良くかんで食べると甘みを感じるようになります。これは,でんぷんが唾液に含まれる酵素により分解され麦芽糖ができるからです。

花の蜜の主成分はショ糖です。ミツバチは吸い取った蜜を体内の転化酵素の働きで果糖やブドウ糖を主成分とする蜂蜜に変え,巣房に保存します。ハチミツは一種の加工食品でハチが作ったものということができます。蜂蜜の成分は種類により大きく変化しますが,平均的には果糖38%,ブドウ糖30%,水分17%となっています。

多糖類はブドウ糖がたくさんつながったもので,で� �ぷん,セルロース,グリコーゲンなどがその代表的なものです。人間の体内の酵素はでんぷんやグリコーゲンの結合を切ってブドウ糖を産生し,エネルギーとして使用することができますが,例えばセルロースは分解することはできません。つまり人間はセルロースを消化できないということになります。

食物の成分の中で人間が消化できないものを総称して食物繊維といいます。食物繊維の大半は植物や菌類の細胞壁を構成する多糖類です。ヒトが消化することができないので食物繊維は栄養素とは考えられてきませんでした。

しかし,大腸内の腸内細菌が嫌気発酵することによって一部が酪酸やプロピオン酸のような短鎖脂肪酸に変換されてエネルギー源として吸収されます。また,腸の働きを維持したり,大腸が んを低減する機能も指摘されており,日本では2000年の「第6次改定日本人の栄養所要量から栄養素の1つとして扱われることになりました(wikipedia)。

異性化糖

私たちが摂取しているもう一つの糖類に「異性化糖」があります。異性化糖はブドウ糖と果糖を主成分とする液状糖で,じゃがいもやとうもろこしなどのでんぷんを原料に製造されます。難しい名前が付いているので化学的に合成されたような印象を受けますが砂糖と同じ天然甘味料です。

まず,でん粉を酵素の力で分解してぶどう糖を作り,その一部を別の酵素の力で果糖に変換したものです。ブドウ糖と果糖は同じ分子式(C6/H12/O6)で表されますが,分子内の結合状態は異なります。このような分子を異性体といいます。最初に出来たブドウ糖の一部をその異性体である果糖に変換したものなので異性化糖と呼ばれます。

異性化糖の甘みはブドウ糖と果糖の含有割合により異なり,砂糖の70%から120%と幅があります。 果糖の甘みは温度が低くなると強くなる性質をもっています。また,ブドウ糖と果糖のいずれも砂糖より甘みが口中に残りにくい性質があるため清涼飲料,パン,缶詰,乳製品,冷菓などで砂糖と同様に大量に使用されています。

日本国内では異性化糖が使用されている食品の原料欄には「異性化糖」あるいは「ぶどう糖果糖液糖(果糖含有率50%未満)」,「果糖ぶどう糖液糖(果糖含有率50-90%)」と表示されています。米国よりはずっと少ないとはいえ,清涼飲料水の消費拡大により日本では砂糖類の1/4は異性化糖となっています。

米国ではコーンスターチ(トウモロコシから作られたデンプン)を原料に使っているため HFCS (high-fructose corn syrup) と呼ばれています。米国では異性化糖におけける果糖の含有量を直接表現で表しておりHFCS55(果糖含有量55%),HFCS42(果糖含有量42%)などと呼ばれています。

米国ではHFCSは砂糖より安価なこと,および食品に添加しやすいことから1975年ころから急激に使用量が増加し,2000年には砂糖(840万トン)とほぼ同量(800万トン)が消費されるようになりました。800万トンを当時の総人口2.8億人で割ると一人当たり年間28.5kg,1日当たり78gということになります。この数値は平均値なので多い人は軽く100g以上を摂取していることになります。

しかし,2000年代に入って砂糖への回帰が始まり,HFCSの消費量は減少に転じています。その原因は健康への悪影響が多数報告されていることによります。バイオエタノールの生産増加により原料とな� ��トウモロコシの価格が上昇したことも副次的な要因となっています。

砂糖も異性化糖もブドウ糖と果糖の形で体内に吸収されます。しかし,砂糖は消化酵素によりブドウ糖と果糖に分解されてから吸収されるのに対して,異性化糖はブドウ糖と果糖の混合液であるため,(分解の必要がないので)吸収が早く,食べる(飲む)と急激に血糖値(血液中のブドウ糖値)がはね上がります。

清涼飲料水には容積比で12%程度の異性化糖が含まれており,それが一気に吸収されることになります。この急激な血糖値の上昇に対応するため膵臓からインスリンが分泌され,血糖値を下げようとします。したがって,日に何度もこのような状況が起きると,脾臓に対する負担が増大します。また,インスリンは脂肪合成を促進しますので肥満 の一つの要因となっています。

もう一つの問題は異性化糖の約半分は果糖であり,その代謝はブドウ糖とはかなり異なっていることです。ブドウ糖は体内の基本エネルギー物質ですので吸収後は血流により体内の細胞に運ばれ,そこで燃焼させられます。肝臓で代謝されるものはブドウ糖の20%程度に過ぎません。

一方,果糖は代謝を100%肝臓にたよっているため肝臓への負担が大きい糖ということになります。同時に果糖の代謝には一定量のミネラルが必要となります。また,果糖の代謝物質は脂肪に転換されやすく,肥満の原因となっているという報告もあります。

実際,米国プリンストン大学の研究チームは「ネズミを使用した研究報告」の中で,「全体の摂取カロリーを同じにしても,グラニュー糖を摂取したネズミよ りも異性化糖を摂取したネズミの方が著しい体重増加を示した。異性化糖は実験動物の著しい体重増加の原因になるうえに,長期間摂取すると,とりわけ腹部の体脂肪の異常な増加につながり,中性脂肪という体内を循環している血中脂肪の上昇を招く」ことを明らかにしました。

果糖そのものは有害物質ではなく,果物や野菜にも含まれています。通常の食生活では1日の摂取量は15g程度であり,一緒にミネラルや食物繊維が摂取されるためマイナス面はカバーされていました。

ところが,異性化糖の登場により,異性化糖が添加された清涼飲料水や食品をよく飲食する米国の若者では果糖の摂取量は50g以上になっています。このため果糖単独の大量摂取の弊害が現れてきているようです。米国の小中学校では清涼飲料水の販売� ��禁止される事態にもなっています。

脳は酸素とブドウ糖を大量に消費する臓器

ヒトの脳はどの臓器よりも多くのエネルギーを消費します。脳は体重の2%程度にもかかわらず消費エネルギーの約20%を占めています。重量比でみると他の臓器の10倍ものエネルギーを消費する脳細胞は,エネルギーや酸素が滞ると速やかに機能が低下します。

個人差はありますが空気中の酸素濃度(通常は21%)が18%程度になると酸素欠乏症の症状が現れてきます。また,脳は血液の供給が止まると10秒もたたないうちに意識不明に陥り,数分で回復不能のダメージを受けます。

脳のエネルギー源はブドウ糖だけとなっています。それは,血液循環系と脳の間に血液脳関門という障壁(バリア)があるからです。このような関門は体内の血液中にある物質が勝手に脳や生殖器に行かないようにするためにあります。血液中� �物質が自由に脳に入り込むようになれば,脳の活動は著しく阻害されます。いわば,脳の安定性を乱さないための関所ということができます。

血液脳関門は毛細血管の内壁がきわめて狭くなっていることによる物理的な障壁です。このため,血液脳関門の機能が正常なときは分子量500以上の分子は通過できません。その結果,栄養素としては分子量の小さいブドウ糖(分子量180)だけが通過できるわけです。

多くの薬剤もこの関所を通過することはできませんが,中には通過できるものもあり,ある種のかぜ薬を飲むと眠気を催すのはそのためです。血液脳関門を通過できる有害物質としてはアルコール,麻薬などがあります。

脳内に到達したアルコールは大脳新皮質を麻痺させるため,本能や情動が開放され快感をもたら します。一方,麻薬類の多くは脳内の神経細胞を刺激したり,神経伝達物質として作用したり,神経伝達物質の生成あるいは分解に関与します。

そのため,精神活動の麻痺,高揚感,あるいは幻覚・幻聴などをもたらします。神経伝達物質は短時間で分解されますが,脳起源ではない麻薬類は簡単には分解(排出)されず脳に深刻なダメージをもたらします。

アルコールや麻薬類を常用すると,それらの効果が薄れると脳が異常な興奮状態や不安状態に陥ります。これが離脱症状であり,この不愉快な症状を軽減したり回避したりするため,同じ物質を摂取しようとします。これが依存症です。依存症はアルコールや麻薬類の使用だけとは限りません。買い物,ギャンブル,携帯電話などの精神的な依存症もあります。